黒島 椿のアンニュイな日記

よく空気嫁といわれます。が、そんな特殊能力は無いです

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空気という化け物

2013/11/28(木) 23:35:04 妄想 EDIT
空気読め
とか
空気よめないのか
という言葉をきくたびに
日本の組織や集団における
空気というものの支配力を感じることが多々あります。

和をもって尊しと成す。
聖徳太子が言葉に表したスローガンをあげるまでもなく
宗教や刑罰によらない日本人のモラルの高さ、
集団行動のときの規律正しさは素晴らしいものがあります。

しかし集団において何らかの不具合が発生した場合、
それを修正することが難しくなる。
間違いを間違いと指摘できない同調圧力を生むという欠点があります。
この民族性をある程度意識して
ときには勇気をふりしぼって批判を展開しなければ
組織丸々地獄行きのバスにのることになるでしょう。
空気読め というこの圧力こそが
私たち島国民族の欠点ではないでしょうか。

戦時中を振り返ったある軍人の言葉をここに載せておきます。

ではこれに対する最高責任者、
連合艦隊司令長官の戦後の言葉はどうか。
「戦後、本作戦の無謀を難詰する世論や史家の論評に対しては、
 私は当時“ああせざるを得なかった”
  と答うる以上に弁疏しようと思わない」
であって、いかなるデータに基づいて
この決断を下したかは明らかにしてはいない。
それは当然であろう、
彼が「ああせざるを得なかった」
ようにしたのは「空気」であったからー。


「空気」とはまことに大きな絶対権をもった妖怪である。
一種の「超能力」かも知れない。
何しろ、専門家ぞろいの海軍の首脳に、
「作戦として形をなさない」ことが
「明白な事実」であることを、強行させ、後になると、
その最高責任者が、なぜそれを行なったか
を一言も説明できないような状態に落し込んでしまうのだから、
スプーンが曲がるの比ではない。


こうなると、統計も資料も分析も、
またそれに類する科学的手段や論理的論証も、
一切は無駄であって、そういうものをいかに精緻に組みたてておいても、
いざというときには、それらが一切消しとんで、
すべてが「空気」に決定されることになるかも知れぬ。
とすると、われわれはまず、何よりも先に、
この「空気」なるものの正体を把握しておかないと、
将来なにが起こるやら、
皆目見当がつかないことになる。









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