黒島 椿のアンニュイな日記

よく空気嫁といわれます。が、そんな特殊能力は無いです

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ガールズ&パンツァー劇場版に狂って自粛を突破するための萌を考察

2016/03/27(日) 14:08:10 妄想 EDIT
戦後の日本では、
戦闘のカタルシスや英雄が描かれることが少ない。

ガールズ&パンツァー劇場版は素晴らしかった。
もう5回みた。
最初の2回は東京まで遠征して
立川の爆音上映を見て震えてきたほどだ。
ポルシェティーガーの絵を見たのは
宮崎駿の雑想ノート以来だ。
しかもめっちゃ動いている。
あれは絶対宮崎駿へのサプライズだ。

ガルパンの半年ほど前に公開された
マッドマックス 怒りのデスロードもよかった
私が一番感動したのは、序盤にウォーボーイズが
自ら名乗りをあげて自爆攻撃するところだ。
こんなの、この時期にアメリカ映画でやるなんて
空気読めないどころではないが、
しかし実際公開してしまうのがアメリカの素晴らしいところだと思う。

戦って死ぬ事を誇りとする男たちに感動した。
洗脳されているとか人権が無いとか言われるだろうが
この精神の揺さぶりは否定できない。

話を戻す
私はなぜガールズ&パンツァーを面白いと思ったのか?
はっきりいってキャラクターなんてびっくりするほどテンプレだ。
おしとやかキャラ、恋愛脳キャラ、オタクキャラ、
低血圧キャラ、そして地味だけど情に厚い主人公。
もうこれ以上ないほどよくある配置。
アメリカ風高校チームはノウテンキキャラだし
イギリス風高校はひたすら紅茶飲んでる。
ここまでやるかというくらい。

ストーリーなんて王道スポ根ドラマだ。
王道って書けばまだ響は良いが、いわゆる陳腐な話。
強豪校で挫折した主人公が、無名校で救世主的に活躍する。
がるぱんおじさんならば元ネタは大体わかっているはずだ。

ではしつこいが
私はなぜガールズ&パンツァーを面白いと思ったのか?
それは
兵器大暴れのカタルシス、
砲撃!機械音!のオンパレードだからだ。


戦後の日本戦争映画や
ベトナム戦争後のアメリカ戦争映画は
戦闘の悲惨さ、人間の精神の極限状態、
平和の大切さを描いているものが多い。

特に日本のはその傾向が大きい。
それはとてもいいことだけど
でも
あまりにもそういうのばかりだった。
もうお腹いっぱいだった。
戦闘の悲惨さなんて実際に体験しないと
身にしみないとは思うけど・・・

戦闘は悲惨だ
戦闘は野蛮だ

そういう戦争映画ばっかりだった。

人間性を疑われるから口に出していえないけど
私の本音は
「武器への快楽、兵器のかっこよさ、砲撃銃撃のカタルシス、」
を描いた映像が見たいと思っていた。

こういうことを大の大人が言ってはいけないとわかっているが
できれば第二次世界大戦の兵器(実際に使われまくったもの)で
バンバン撃ち合いする映像をある程度の高品質で見たかった。

私たちだって動物であり、闘争本能に燃えるオスなのだ。
戦いの中でカタルシスを感じる幼稚な精神もあるのだ。

そういう欲求不満を感じていた私の前に突如現れたのが
戦闘の悲惨さ、平和の大切さ、
人間の死を徹底的に省いた戦闘映像、
ガールズ&パンツァーである。
面白くないはずがない。

まるでジャンクフードだ。
ケチャップ、マスタードたっぶりのハンバーガーだが
何故かうまい。一度食べたらくせになる。
気持ちいいところを集中的に刺激してくれる。

だから個人的にはキャラクターは小林源文の男キャラでいいし
ストーリーなんてなくってもよかった。

でも世間的には
ガールズ&パンツァーは美少女が戦車に乗る必要があった。
戦車は高校の部活動の道具で
しかも人が死なないカーボンで守られている必要があった。

この世間的なものこそが
戦後日本の自主規制であり自粛ムード
だと思う。

規制が法律ではなく
あくまで空気(所謂自主規制、自粛)で
しかもその結果が美少女であり萌であるというのが
実に日本らしいところである。

クールジャパンなんて言えば響はかっこいいけど
あれは抑圧と欲求不満の噴出物であって
性癖を世界中に暴露するみたいなものなので
政府が公式にやるのはぜひやめてほしいと
”個人的には”思ってる。

戦後アメリカは日本の教育を”改善”して
平和教育(WGIP)、憲法改正要求、兵器開発の規制なんてやって
さらに空気読める日本人はグロさいっぱいの戦争博物館、
フィクションまで入れて悲惨さを描いた戦争小説、映画をつくってきた。

「戦闘を描くときは必ず悲惨さも描かないといけない」
とはアメリカは明確に規制をしてきているわけではないので
日本の世論というか、世間の雰囲気であるかもしれない。

じゃあどこで戦闘のカタルシスや兵器のかっこよさを描けばいいのか?
映画やドラマでやったら絶対に批判殺到必至である。

その結果、萌アニメの中でそれを描くしかなくなった。
萌があれば世間が
「萌アニメだから見てるんだろ?」
と解釈してくれる。
まさか真っ当に兵器や戦闘にカタルシスを感じてるとは思うまい。
(あくまで個人的な意見です)

独裁国家の中で体制批判の映画を
コメディ映画と言い張る事で
公開に漕ぎつけるように
(日本はそんなに深刻では無いが)
日本の一部の人たちはうすうす気付き始めた、
”萌”ならば戦後日本の自主規制を突破できる!と

ガールズ&パンツァー劇場版の
最後の戦車戦のシーンは、
なんとキャラクターの声はほとんど入っていない。
実は”萌”が排除されている。
ここでついに萌アニメの仮面を外してしまった。
純粋な大迫力の戦車戦になっている。

実車の何倍も機動力があるとか
人間が衝撃に耐えられないとか
そういう細かい突っ込みはどうでもいい!
戦闘のカタルシスを感じる映像になっている。

もう涙出るほど感動した。

以上、宮崎駿が激怒するような文章でした。
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