黒島 椿のアンニュイな日記

よく空気嫁といわれます。が、そんな特殊能力は無いです

2009年07月 の記事一覧

スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:-- スポンサー広告 EDIT
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
Comment (-)

悪霊退散! 黒島椿(仮名)さん ほえる

2009/07/22(水) 00:37:23 日記 EDIT
自分のイニシャルがK・Yだと気づいた
今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか?

インターネットに接していれば誰もがやるのが
”自分の名前検索”
でございます。

「へぇー同姓同名も結構いるんだ」とか
「うぎゃ 個人情報だだ漏れじゃん」とか言って楽しむものです。

さて、私も自分の本名で検索すると・・・ぐぐってみますと・・・
なんと一番先頭に私本人の記事が出ました。

内容は・・・
「悪霊退散! 黒島椿(仮名)さん ほえる」
 
かなり興味深いですね。
生来ヒキコモリの私が吼えたそうです。 しかも悪霊退散!って、、
すぐに 呼びましょ陰陽師♪ でしょうか?

とりあえず 記事の内容を抜粋し書きます。
----------------------------------
絶海の孤島は、低い雲に姿を隠していた。
その雲に混じって硫黄の強いにおいが鼻を突く。
さらに船が島の南に回り込むと、地獄谷のような噴煙。
港は血の池のように赤く濁っていた。

 この火山島に、メン(メンドン)と呼ばれる奇っ怪な仮面神がいる。
南洋の島から沖縄を経て、海を渡ってきた来訪神だ。
この神に逢(あ)いたい。

 島で最初に出迎えてくれたのはクジャクだった。
茂みや人家の陰から現れる。人を恐れることなく、
極彩色の羽根を揺らして優雅に歩いている。


 「昔、観賞用に飼っていたのが野生化した。
400羽以上おる。島の人口より何倍も多い」

 黒島椿(仮名)さん(23)が、半ばあきらめ顔で笑う。

メンのことを聞いてみた。
メンは、旧暦8月の「八朔(はっさく)踊り」に現れることになっている
が、いまは時期がずれている。

 「メンは熊野神社にいますよ」

 思いがけない返事が返ってきた。
仮面や装束を保管してあるらしい。
頼んで案内してもらった。
境内の納屋の戸を開けたら、カビ臭い空気の中で
赤と黒の渦巻き模様の大きな顔が一斉ににらんでいた。
トカラ列島・悪石島のボゼや、
南洋パプアニューギニアのトゥブアンなどの仮面神と似ている。
竹島や黒島にもいる。

 年に一度、祭りの日に現れるメンは、
手に柴(しば)を持って暴れまわり、島から悪霊をはらう。
かつては14歳の男子がメンに扮し、元服の成人儀礼を兼ねていた。

 黒島椿(仮名)さんが、カヤで編んだミノをまとう。
体がひと回り大きくなった。
仮面を被ると、そこに神が立ち現れた。
黒島椿さんは、仮面という異空間に入って、
くぐもった声で猛々(たけだけ)しくほえた。

子らはその日、島の男になる。
-------------------------------------------

よし、落ち着きましょう。

さて どこからつっ込みましょうか?

これでは私は異様な島に棲む超兄貴みたいな
キャラではないですか?
少なくとも模型やネットサーフィンが
趣味の人間とは思えない言動です。

私は「400羽以上おる」
なんて日本昔話みたいな喋り方しません。

以前 日本海軍陸戦隊の軍服を着て
ファミレスに入りお子様ランチを注文した私なら
あるいは仮面をかぶり吼えるくらいのことを
するかもしれません。

しかしどうしても吼えた記憶がございません。
私は本当に吼えるようなキャラではないのです。
悲しいほどに典型的 オタクタイプの人間なのです。
もしかしたら本当にネ申という名の
宇宙からの何らかの電波を受信して
無意識のウチに吼えたのかもしれません。



記事は朝日新聞なんですな。
「アサヒるのは いけないと思います。」
スポンサーサイト
Comment (0)Trackback (0)

硫黄島の熱い夏

2009/07/21(火) 20:53:15 日記 EDIT
先日7月18は硫黄島のささやかな夏祭りでしたが、
誰かが私のアニソンCDを持ち出して
会場で流したので 酷く困惑した今日このごろ、
皆さんいかがお過ごしでしょうか?

一応流れたのが確認できた曲を挙げますと
1/2(るろ剣2期OP)
夢冒険(アニメ三銃士OP)
ルパン三世
愛を止めないで(シティーハンター2期OP)
ふられ気分でRock'n' Roll(先生のお時間)(もちろんDROPSバージョン)

幸い、無難な曲ばかりでしたが
あと30分長く流れていたらヒンシュクをかうところでした。
流れる危険性があった曲を挙げますと・・

聖少女領域
冒険でしょでしょ?
最強○×計画
洗脳・搾取・虎の巻

人口100人足らず、1/3がお年寄りの我が村には
あまりにもギャップが激しい曲であります。

さて次の日、朝のうちに夏祭りの片付けを済ませて→
少し仕事上の野暮用を済ませて→
お土産屋(三島村物産振興会)でお土産を売って→
ようやく時間ができたので
タイ国の夏用軍服を着て、
VSR-10というエアガンのホップアップ調整をしていたら
突然 島中にサイレンが鳴りました。
一瞬、「ついに不審者と間違われたか!?」
と困惑したところ、
ゴミ捨て場で火事発生とのことで
そのままの格好で消化活動に緊急発進であります。

思い出せば、私が厨房3年生の頃にも
ゴミ捨て場で大規模な火事があり、
山が半分燃えた事がありました。
気の狂った叔父に夜中現場に連行され
酷い目にあったのを思い出しました。

みんな気のみ気のままだったので
中には上半身裸で消化活動に当たる人もいました。

火事現場は煙がもうもうと立ち込めており、
規模は50mプール一面ほどでした。
あちこちで火が上がっており、
出火場所が特定できませんでした。

持ってきたポンプは3機全部が稼動しないという
第二次大戦末期の誉エンジン状態で、
ホースと噴射口の規格が違うなど
てんやわんや でした。

しかししだいに設備や要領を得て
島の男達皆での消火活動ができるようになりました。

火事は意外としぶとく、
水をいくらかけても 火がくすぶっていました。
幾層にも重なったゴミが、空気の通り道を作り、
効率的に火を燃やしている感じでした。

今年一番の炎天下、6時間あまりの作業の末
ようやく鎮火しました。
今回は風向きが良かったので
広がらないで済みました。

気がつくと皆さん肌が真っ赤かの真っ黒で
私も皮膚がひりひりで あります。

しかし大事に至らなくて本当に良かったであります。
島の熱い夏でした。
連休なのに平日よりハードでした。
【続きを読む】
Comment (2)Trackback (0)

戦前の人が考えた”未来”の兵器

2009/07/18(土) 01:28:28 日記 EDIT
今年2009年は第二次大戦開戦70周年で御座います。
今日は手元にある、
”知らねばならぬ 今日の重要知識    
      志賀 哲朗著 昭和11(1936)年7月発行和甲書房”
から
国防の基礎知識の章から
”未来の兵器はどうなる?”の項を紹介しましょう。

────────────────────
未来の兵器はどうなる?
未来兵器はどんな物があるか、日進月歩の今日、
しかも兵器は常に最もその先端を行くものだから、
4,5年も経てばまるで面目が一新されよう。
現に研究されつつあるもので、
もう間もなく完成するだろうと考えられるものを
2,3挙げると次のようである。

殺人光線
一般に殺人光線と言われているものは、軍隊では怪光線といっている。
これは世間では既に完成したように思っているが、
事実は、まだ実用の域まで達していない。
これは電波光線、あるいはその中間 又は外側の各種波動
その他の放射線を特殊な装置によって一つ所に集中し、
これを遠距離に放射して、人体を焼き切ったり、
家屋、要塞、機械等を破壊したりするものであって、
対照物を焼くとか、溶かすとか、人体の組織を破壊するとか、
作用は一概に言えない。
空想小説の描写を借りると、ちょっとでも光線に当ったものは、
何物でも正宗の名刀で切ったように断ち切られてしまうというが、
そういうことも強ち空想ではあるまい。
事実それほどの威力を持ち得るちしたら、
如何なる飛行機も、大砲も、タンクも、
一たまりもないわけである。

電波操縦兵器
無線電波によって全ての兵器を操縦し、
人間の犠牲を無くしようというのであって、
軍艦、ボート、タンク、飛行機、自動車等の操縦は
既に実験済みとなっている。
けれども、それももっと長距離において、
もっと自在に操縦し得るようにならなければ、
実用には供することができないだろう。
もしこれが完成したら、白襷隊や広瀬中佐のような
勇士は必要がなくなるだろう。


電気砲
これは超長距離砲である。
電流を通ずる物体は磁場内において移動するという理論を応用し、
火薬の代わりに電気を使用するものである。
欧州大戦末期にフランスのビューフレーという人が
模型でもって立派に成功したということである。
これによると二百里先を攻撃できるというのだから
嘘のような話ではないか。
────────────────-----------------

以上です。
この中で、殺人光線はまだ兵器として実用していません。
電気砲・・・今でいうとレイルガンは、そろそろお目にかけると思います。
今計画中のアメリカの駆逐艦に搭載予定らしい・・です。

この文書が書かれて、73年。
未だに戦争は火薬兵器が主力です。
Comment (0)Trackback (0)

エヴァンゲリオンについてキモいくらい語る

2009/07/04(土) 02:33:31 妄想 EDIT
今日 金曜ロードショーで
エヴァンゲリヲン 劇場版 序
が放送されました。

というのを、家で同居している
中学生の男の子から聞いた今日この頃
皆様いかが お過ごしでしょうか

今から12年前に、中学生だった自分に
オタク的影響を与えた作品が今の平成生まれの中学生に
どう受け止められるのか興味がありますね。

そういえば最近、
私とテレビで東宝の傑作特撮映画、
『大魔神』を見ていた昭和20年代生まれの父が、
「当時としてはすごかったんだよ?」と言っていました。
今の私と似たような感覚だったと思います。
私は「後のガメラやモスラに繋がる東宝特撮物だ」とか
「今あの人形は海洋堂ビルにあるよ」などと夢のない感想しか言えず
オタクとして反省しております。
円谷プロの戦前の真珠湾映画を見た後だったので仕方ないです。
でも大魔神の造形はセンスが良いと思いました。



エヴァンゲリヲンに関して言えば
文学、芸術、映像業界、では 「エヴァ以降」
なんて言葉が定着しているほどに
エッポックメイキングな”現象”なんですが
それがどれほどの影響だったというと
まずインドアもしくはオタク文化は完全に影響を受けてしまいました。

私が高校の美術部に居たころは
デザイン画が人気があって、
しかも派手なカット割と明朝体の縦横配列
というエヴァンゲリオンの真似みたいなデザインが多かったですし

美術の先生とエヴァンゲリオンについて熱く語ることも
良くありました。

ついこの前も我が島(硫黄島)に海洋調査に来た大学教授と
懇談会の際、私が「硫黄島の海は赤いですよ~LCLの海ですよ~」と
酔った勢いで(KY)エヴァネタを話しましたら、
40代の教授が「エヴァンゲリオンですねー♪」
なんて返してくるほどに、オタクに浸透しているわけです。

私が子供だった”時代”を通してちょっと見てみます。
私が思春期を振り返る際
1995年  と   1997年  の
二つの西暦がものすごく重い感じがします。
1995年はエヴァンゲリヲンのテレビ放送が始まった年で
1997年は劇場版で最終回が放映されて 一応の完結をした年です。

1995年、小学6年生だった自分にとって衝撃だったのは
阪神淡路大震災とオウムサリン事件です。

私が感じたのは「命は重さでは量れない」ということと
「平和な日常のすぐ隣で悲惨な現実が存在できる」という違和感でした。
大震災では死者の数が最初32人から
どんどん膨れ上がる放送を見て
まるで現実感が無かったです。
3000人を超えたところで
「こんなに人が死んでるのに何も感じない自分は変なんじゃないか?」
と思いました。
皆さんも同じ感じがしたのではないでしょうか?
メーターのように上がる死者の数では
現実感が無くて当たり前です。
「教室の幾つかの机の上に花瓶が置かれていた」
このたった一つの事例の方がはるかに精神にショックを与えます。

オウムサリン事件も
「命」ということを考えさせられました
真面目に一生懸命、そうでなくても
人に迷惑をかけないように生きている人間が
「人の狂気」によって、
あっけなく殺されてしまう現実に腹がたちました。
「何も知らない警備員2名は床に散らばった無色の猛毒”サリン”を
 新聞紙と素手で『迷惑な客がいるもんだなぁ~』と言いながら拭き取った。
 後に二人とも亡くなった」
という新聞記事が一番衝撃的でした。
死ぬ直前まで、明日も続くであろう日常を心配する人間に
妙な いじらしさや健気さ、悲しさを感じました。

以来「素敵な宇宙船地球号」とか
「命は地球より重い」「愛は地球を救う」
なんてスローガンが大嫌いです。
全然リアリティが無いですから。

ですから1995年は思い出深いのです。
それにエヴァンゲリオンの放送が重なっています。

よくある
”『当時 流行した歌』を聴くと当時の自分に戻れる”
という感覚と一緒で
エヴァを見ると、大震災やサリン事件と
その時の感情を思い出すわけです。


1997年当時は中学2年生でした
エヴァの主人公達と同じ年に劇場版で最終回が放映される
とあって大分 興奮したのを覚えています。
当時私は歴史マニアで
実は同じ年 公開された
宮崎駿の『もののけ姫』の方が興味があって
映画館に座り続けて、もののけ姫を何回も見て
セリフを覚えてしまったほどなんですが
映画館を出たときびっくりしたのが
もののけ姫のテーマ
”生きろ”と
エヴァンゲリヲンのテーマ
”だからみんな死んでしまえばいいのに”
というポスターが両隣に貼ってあって
「今年のアニメ映画はムチャクチャだ!」
と感じました。
映画の内容は両作品とも”訳が解らない”という点で共通していて
アニメで”民族問題”や”文学”をやろうとした結果が
良く現れていました。

でも「もののけ姫」は歴史に民俗学の面白さを付加してくれましたし
「エヴァンゲリオン」はアニメにも三島由紀夫や綾小路実篤
みたいな文学的見方もあるんだと 気づかせてくれました。
私は当時から 読書の虫 だったので。。。

ということで1997年はエヴァンゲリオンともののけ姫
の二つのアニメ映画の印象のせいで思い出深くなっています。
あと”榊原聖徒事件”。
アニメやゲームを妄信的に批判する人もでてきた時代です。


話をエヴァンゲリヲンに戻しますと
「成長しない主人公」「斬新なカット割」「必殺技がない」
「敵が記号的」「敵がコンピュータウイルスや精神体」
「意味深な最終回」
という点が画期的でしたが、
それ以外は驚くほど古典的なロボアニメ
であることに気づきます。
「名前が 漢字○○オン」
「主人公と仲間しか操縦できないロボ」
「開発者が主人公の父親」
「美少女パイロット」
「秘密基地」
「暴走すると強くなる」
「後半になるほど崩れる作画」
などなど。かなり一般的なロボアニメなのです。

つまりエヴァンゲリオン自体が”超スゴイ”わけではないのです
ではなぜ「エヴァ以降」なんて言われるほどの影響があったのか?
それは多分、「エヴァンゲリオンって何だったの?」
という質問に誰もが議論しまくった結果だと思います。

その結果とは・・・
興味がアニメやマンガ自体から、それの消費の仕方へ移行したという点。
アニメやマンガは媒体でしかないのだから、
大事なのは見た人が作り上げる世界観なのだ。
という認識(つまり文学的見方)

こういう認識が”映像媒体””アニメ”に対してできるようになったのが
「エヴァ以降」であり、影響だと私は考えます。
何を隠そうこういう論文も、
またエヴァンゲリヲンの影響なのです。

ひとつのアニメに対して こんなにズラズラかくなんて(以下略)

ということで
エヴァンゲリオンの劇場版を見て興奮した
勉強しない中学生には
TV版の最終回を見せることにしましょう。

今思うと主人公自身が「これはアニメでしかない」
と気付く衝撃のTV版の最終回は
TVっ子には教育的かもしれません

「さぁ君たちも自分の現実世界と向き合って、
 とりあえず机に向かい合いなさい」
と教育してやることに致しましょうか? 
Comment (0)Trackback (0)

ページの最初に戻る

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。